悩み相談

会社を切るべきか、仲間を切るべきか【悩み相談】

こんにちは、ゆーこーです!

今回のお悩みは40代男性の方です。

最良の選択がわからない

仕事における人間関係の悩みです。

オフィスワークと飲食業を営んでおりました。本業はオフィスワークです。
本業を一緒にやっている仲間と、飲食業で関わる仲間との板挟みに悩んでいます。

多くの資金を使って始めた飲食事業が、今回のコロナ騒ぎで大打撃を受けてしまい、本業の運転資金にも弊害が出るようになりました。
本業の立て直しをするため、本来ならば心を鬼にして飲食店を今すぐ切り捨てるべきだと頭では理解していても、
弱っている仲間を目の前にして、ついつい助ける選択をしてしまいました。
危ない橋に自ら足を突っ込んでいる自覚もありましたし、後になって後悔もしました。

私は優柔不断で、嫌われるのが怖いからか、ついつい目の前の人にいい顔をしてしまう悪いクセがあります。
それが今の状況を招いたのだと感じています。

結果として、本業の仲間からの強烈な突き上げがあり、立場を追われ、
コロナ渦の最中に飲食店と借金のみが手元に残りました。
自業自得です。

飲食店の仲間たちからは感謝の言葉を頂くのですが、この先の不安が拭えません。
また過去の仲間との関係性もギクシャクしたままで心が痛みます。

私は、目の前にいる困っている人をおこがましくも助けたいなど思ってはいけなかったのか。
助けられるほどの人間ではないのに、思い上がりで安易な行動に出てしまったのではないか、
と、毎日を不安に過ごしています。

誰からも嫌われたくないと思う気持ちは、悪い事ですか?
どうすれば、前を向いて気持ちよく再スタートに踏み出せるのでしょうか?
または今からでも遅くないと、過去の仲間の元へ立ち戻ったほうが良いのでしょうか?
気持ちの整理がつきません。

重い。責任の重さがあまりに桁違いです。会社の経営の鍵を握るほどの人生経験はもちろんありません。40人近い部活の主将を務めていたので、40人ほどの期待を背負う気持ちはわかりますが、会社を左右する責任感は皆目検討がつきません。

ですので、人生経験から導き出した正解を与えることはできません。けれども僕の意見に触れることで、自ら解決に至る思考が思いつくきっかけにしてもらうことはできます。

ということで、回答したものがこちらです。

アンソニー・ロビンズという方はご存知でしょうか。
17歳で家を追い出され、月収2万円の掃除屋さんとして働き、一念発起して努力をしたのち、24歳では高級車を買うほどに成功した投資家兼講演家です。60歳をすぎても精力的に活動しています。
彼が人生を好転させるというようなセミナーでこんなことをよく口にします。
「人生の秘訣は、自分の殻を破って他人に価値を与えることにある。」
「人生で選択に迫られたら、幸せであることに決断すること、それが重要だ。」
自分が想像できないことをできたら嬉しいですよね。
そしてその成長による価値を他人に与えることができたら、人数の分だけさらに幸せになりますよね。

私たちの人生はいつだって決断の連続です。
現在の選択が正しいかどうかなんて、未来を見通せない限り、神様でも仏様でもわからないでしょう。
だからあなた自身が幸せだった、正しかったと信じて前を向くしかないんです。

あなた自身は立場を追いやられたかもしれませんが、その分救われた人たちもいます。
あなたの幸せの決断はそれだった、ということです。
他の人であれば会社を守り、飲食業の人を切ったかもしれません。そうすれば会社や自分は安全だったでしょう。それがその人にとっての幸せです。
ですがあなたにとって幸せはそれじゃない。
会社が傾き自分の立場が追いやられたとしても、救える可能性があるのなら助けに行く。
自分を守りたいという最も分厚い殻を破って、他人に可能性を与えた。
たとえ無駄に終わったとしても、生きる希望を与えたことは素晴らしいです。
とても立派で勇敢な決断だと思いますよ。

生きていく限り、今後もたくさんの決断が迫られるでしょう。
今度は会社を優先するかもしれません。
でも今回を通してあなたの人柄を知っている人は、身を切る思いで決断したことを知っているはずです。
ひいてはそれはあなたのためにもなるでしょう。
今の決断の結果が悪くても、未来では良い面で働くこともあります。
ですので自分の決断の質に自信を持ちましょう。
他人の評価ではなく、自分の人生の幸福度は自分で決めましょう。

あなたが人生を決めるのではなく、人生があなたを物語ります。
よりよい人生を歩めるよう、祈っております。

人生経験が浅いなりに尊敬と勇気を軸に考えた、精一杯の回答です。

おばけ君
おばけ君
悪くない回答なんじゃない?
ゆーこー
ゆーこー
回答に1時間近く悩んだからなッ!

絶対的な価値が存在しない現代に生きる僕たちには、正しかったのかどうか、という決断力が問われている気がします。

正しい選択かどうかは自分で決める

「自分に価値があるかどうかは、自分で決める」

僕が好きなバスケ漫画にあるセリフです。選手生命に関わる大怪我をして試合に出れないエース選手が、リハビリと筋トレに集中することで、怪我する前よりも良い状態に仕上げようとする際の言葉です。

このセリフは綺麗事に聞こえます。バスケであれば客観的にみて上手い人が試合に出されますし、就活でもスキルとコミュニケーション力があれば就職できます。往々にして、人間の価値は社会に決められてしまいがちです。

社会人としての自分に価値があるかどうかは、他人によって測られることがあるのは確かです。

それでも、幸せの価値は自分で定めていいはずです。

なぜなら幸せの価値基準は人によって異なるからです。

会社やチームといった、1つの共同体の中にいるのであれば、その人の実力や態度から価値判断をされるのは仕方ないでしょう。共同体を守り繁栄させるためには、共同体の型にはまる基準でフィルターをかけないといけないからです。振り落とされても仕方ありません。

ですが共同体につかうものさしを、自分に対しても当てる必要はありません。共同体に見合ったスキルやコミュニケーション力がないから人として価値がないのでしょうか。そんなことはありませんよね。

同様に、幸せのものさしも異なります。共同体の価値観や他人の価値観からわざわざ幸せを見出さなくていいんです。「仕事が早い人が善」「仲間すら見切る英断が善」そんなものは気にする必要がないんです。

自分にとって正しいと思う価値観に沿って生きることが、幸せで悔いのない生き様だと僕は思います。

…今回の僕はなんか真面目ですね。

おばけ君
おばけ君
真面目でもよくない?
ゆーこー
ゆーこー
急にこっぱずかしくなってきたのさッ!

ともあれ、人生の指針となりうる価値観を決めるのは大切と言えるのではないでしょうか。

北極星を信じる

自分を信じることは大切だ、とよく言いますが、僕はこの言葉には少し抽象的すぎると思います。

具体的にして補足すれば、こうです。

自分の信じた価値観を信じることが大切だ

旅で例えましょう。自分を信じる、というのはコンパスを信じるようなものです。何もない時はコンパスが役に立ちます。しかし、コンパスは壊れることがあります。想定外の状況に対応しきれない時があるんです。

だから、北極星を作りましょう。

自分にとってブレることのない価値観を見つけることができれば、自分の位置や進んでいる方向がわかります。つまり進む先が見えてくるということ。価値観はよい判断基準になります(数年単位で見直すといいです!)

 

質問者さんが決断した時の価値観は『仲間』だったのだと思います。守る選択をしたのは価値観から来る正義感とも言えそうです。

でもその正義が間違っていると非難された。具体的には「立場の失脚」や「責任の追及」といった方法で、正義ではないと決め付けられた。

この時に自分の価値観を把握していないと、心がブレます。

価値観をあらかじめ持っておきましょう。即座に思い浮かばなくても大丈夫です。仮に設定して修正しながらでも大丈夫。自分の中で信じるに値する価値観を定めてみてください。

歩むべき方向、進むべき選択が見えるはずです。

人生の決断を迫られた時、より自分の幸せにあった選択ができるよう、祈っています。

※ちなみに僕は『美意識』>『影響力』>『成長』の順で大切にしています。参考にしてみてください。