マインドフルネス

瞑想で目を半分だけ瞑る理由って?【マインドフルネス雑学】

こんにちは、ゆーこーです!

今回はマインドフルネスに関する疑問に焦点を当てていきます。

マインドフルネスにはたくさん方法があります。中でもあぐらや座禅をして呼吸を整える呼吸瞑想が一般的です。

こういった瞑想は仏教が由来となっているのですが、足を組んでいる仏像さんや修行僧を見るとみんな半分だけ目を瞑ります。これを半眼と言うのですが…

どうしてお坊さんは瞑想のとき半眼なのでしょうか?

そしてマインドフルネスでは半眼にするべきかどうなのか?

今回はこの謎の紐解いていくと同時に、ちょっとした雑学で世界を広げられればなと思います。

それでは早速いきましょう!

お坊さんが半眼で瞑想する理由

半眼とはこんな感じです。

こういった仏像は見たことありますよね。目を全開にするのではなく、閉じているのでもなく、うっすらと少しだけ開いています。これを専門用語で半眼と呼びます。

お坊さんが法要(儀式)をする前に、精神を整えるために半眼の状態で姿勢と呼吸を正すことがあります。法要をする際に雑念があると祈りが届きませんからね。

半眼のやり方:足を組んで座った時に、前方の床が1〜2メートルだけ見えるくらいまで自然にまぶたを落とします。全体的にぼやけて暗く見えるようであればOKです。

さて、早速ですが半眼の理由をご説明しましょう。

半眼にする理由とは、視界から入ってくる情報を少なくして、心を乱すものが目に入らないようにするためです。

例えば、あなたがスターバックスの窓側の席で難解な本を読んでいるとしましょう。難しいので集中しなければいけません。そのとき、1枚窓を隔てた先で、見知らぬおじさんが突然激しくも色っぽいポールダンスを始めました。とても大胆かつ繊細な動きで、指の先まで艶かしい…

どうでしょう、これが目に入ったら、さすがに目を奪われてしまいますよね。もし見たくなくても、気になってしまう。こうなると本に集中することはできません。このように、心を乱すものは目に極力入れない、そのために半眼をしているのです。

おばけ君
おばけ君
例えが強烈すぎない?
ゆーこー
ゆーこー
生半可な例えじゃすっきりしないのさッ!

しかし、ここで疑問が浮かんできますよね。「なぜ目を閉じてはいけないのか?」。ごもっともな疑問です。もし目に入らないようにするだけであれば、閉じてしまえば簡単ですよね。

それでもお坊さんたちが目を完全に閉じない理由。それは真っ暗だと余計に雑念が湧いてしまうからです。

芸術家は目を閉じて、自分のアイディアを想像の世界の中で膨らませます。アスリートがイメージトレーニングする際も目を閉じます。同様に僕たちも想像をする時は目を閉じたりしますよね。真っ暗な状況は新しいイメージが膨らみやすいんです。

そしてイメージは新しい雑念を生みます。もしチャーハンのイメージが出てきたら、夕飯のことを考え始めるかもしれません。あるいは「ぼく、パラパラが好きだな…///」みたいな好みの意識に繋がる可能性もあります。そのような雑念は瞑想では良しとしません。このような連鎖がどんなイメージでも起こります。だから真っ暗は良くないのです。

おばけ君
おばけ君
これも例えが独特すぎない?
ゆーこー
ゆーこー
執筆時はたまたまチャーハンが食べたかったのさッ!

ちなみに人間は情報の9割を視覚から得ていると言われます。目を開けている状態であれば、外敵がいない情報を確認できて安心できます。ですが目を閉じてしまうと、視覚以外の五感で状況を把握しなければいけません。そのため頭の中で予測するためのイメージがたくさん湧いてきてしまうんです。生き物としての本能ですね。

つまり、半眼は集中しつつも無駄な雑念を抑えるために行なっているのです。

※ちなみに「寝てしまうから」という理由もあるそうです。とても共感できる…

仏像が半眼ではないものがある理由は?

さて、ここで少し寄り道を。興味ない方は飛ばしてくださいね。

仏像を見たことないという方はいらっしゃらないと思いますが、仏像の中でも明王などは目をこれでもかと言うほど開けています。こんな感じの仏像ですね

これはあまり目を開いてないですけど、こんなふうに鬼の形相をしている仏像もあります。

一方、菩薩や如来の仏像は、先ほど挙げたように半眼なものも多いです。

なぜ同じ仏なのに異なっているのでしょうか。それは込められている意味が違うのです。

明王は私たちを守ってくれる存在です。敵対するものを見逃しません。そんな敵を見逃さないように、威嚇するように、大きく目を開いているんです。

一方、半眼の仏像は如来や菩薩に多く見られます。そんな如来と菩薩は心を落ち着かせて常に集中しています。そう、集中していて雑念がない様を体現しているから、仏像は半眼スタイルもあるんです。

仏教は意味がたくさん含まれている世界です。こういったことを調べていくと知られざる秘密を知ることができて楽しいですよ。

マインドフルネス瞑想では半眼の方がいいのか?

さて、ここからが本題です。

マインドフルネスの際は半眼の方が良いのでしょうか。

これに対する回答は、状況によります、としか言えません。

半眼の方が瞑想に集中できるのは確かです。ですので、あなたが集中を妨げる要因がない場所で瞑想するのであれば半眼でいいでしょう。

例えばお寺の本堂であったり、壁の前や誰もいない芝生の上であったら、半眼でも心を乱すものは目に入ってきませんよね。この場合は半眼がいいと思います。

ですが、落ち着く場所で半眼の瞑想をしたとしても、目に入るものがある人も中にはいるはずです。例えば、もし自室で始めたとしたら、スマホや仕事で使う手帳、キーボードやスマホなどが目に入る可能性があります。こうなるとちらに意識が向いてしまって雑念が浮かびやすくなります。

ですのでこの場合は半眼ではなく目を閉じた方が良いでしょう。実際、僕はいつも目を閉じてやっています。それは目の前にスマホを置いてタイマーをかけているからです。目に入ったら「いつ終わるんだろう?」「あ、ラインきた」などと集中できません。ですので目は閉じるようにしています。

よって繰り返しますが、状況にあった方法を選択するのがベストです。

 

先ほども言いましたが、半眼にする理由は、極力雑念を抑えるためです。

半眼でないといけない理由はありません。一番大事なことは集中できる環境にすることですからね。

あなたの環境や状態を考慮して、その場にあった選択をしてみてください。

それでは素敵なマインドフルネスライフを!